今朝のデボーションは第二サムエル18章9節〜15節です。
ダビデが愛したアブサロムにクーデターを受け、ダビデの側近、イスラエルの民までもダビデに背を向け、ダビデをはじめとし、その群れたちは、孤立した状況に直面しました。しかし、最終的にはアブサロムはダビデ以外の者たちに殺害され、滅ぼされました。私自身もこのような状況に複数回直面した経験がありますが、神様はどのように対応することを願われていますでしょうか。
一つの事に焦点を合わせる
このような時、落ち着きを失い、様々な事に意識を払い過ぎることもあります。マルタは色々と忙しくしてバタバタしていましたが、マリアは何よりも先ずキリストに焦点を合わせて、安らぎました。意識が散漫になることを神様は願われないのです。(参照 ルカ10章38節~42節)
主を礼拝し続ける
ダビデもオリーブの山に登り、主を礼拝しました(参照 第二サムエル15章32節)。
心静まる
神様は私たちに何をするように語り掛けられているでしょうか(参照 詩編46章10節)。
信仰により踏み出し、御声に焦点を合わせる(参照 ヨハネ10章27節)
心に平安を与えない言葉に從う必要はありません。何よりも心の平安から来る御声に耳を傾けましょう(参照 コロサイ3章13節)。周囲の誤解、偽り、不当な批判などに惑わされてはなりません。寛容な態度、赦す愛の心で接し、無意識でも、酷い事をする人々のために、お祈りしましょう(参照 マタイ5章46節)。このような人々を嫌うなどして、無駄な労力を割くのはやめましょう。人を憎むことは疲れることです(参照 マタイ11章28節)。
私たちを支える人々を大切にしましょう
何よりも、キリストが私たちの最も近い親友です(参照・ヤコブ2:23、ガラテヤ3:29)。
教会、ミニストリー、職場を含め、人間関係の焦点を変える必要もあります。つまり、深く関わり、多くの時間を過ごす人々を選び直す必要もあるという事です。
キリストも不信仰の人々とは奇跡を行うことは出来なかったと聖書には書かれています(参照・マタイ13:58)。私達が進もうとしている道を応援し、共に信じ、祈る人々は誰でしょうか。つまり、状況によっては、教会、ミニストリー、職場を変える必要もあるかもしれません。大きなブレイクスルーに繋がることでしょう。
私たちは皆、多くの人々に囲まれていたとしても、皆それぞれの意見は異なりますから、究極の意味では孤立した存在で、一日を通して、様々な選択を求められます。私たちの中に住まわれる神様とは、私たちの考え方のベクトルを合わせれば、一致して、厳しい状況に直面することができます。今日も神様と共に歩み続け、様々な戦いに勝利し続けましょう。
神様の豊かな祝福がありますように!
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