今朝のデボーションは第二サムエル16章9節〜14節です。
ダビデの甥であるアビシャイは、ダビデを呪うシメイに反撃すべきであると伝えますが、ダビデは神様がそれを導いている可能性があると回答します。更には、その言動が神様から来るものでなければ、それを良きものに換えて下さると語ります。
神様は私たち人類に自由意志を与えられましたから、悪魔に捉えられた人々が、破壊的な判断をすることは避けられないことでしょう。神様がこれらの選択を許されたことは真実ですが、望まれた事ではないでしょう。私たちは外的な力により、人々に操作されて物事を選択することを、神様は御計画されていないからです。(参照 第一コリント13章5節)しかし、残念なことに、キリスト教会を含め、霊的なリーダーと呼ばれる人たちが、その権力を誤って利用して、自由意志を尊重せずに、人々を操作する選択をして、本来対峙すべきである本質的な問題に向き合わないでいる事が多くみられます。私たちは罪の言動に対して対峙することが大切であるのです。(参照 ガラテヤ6章1節)
更には、神様は全ての物事を共に働かせて、益として下さいます。(参照 ローマ8章28節)酷い事をされても、反撃をしたり、仕返しをしたりする必要が無いのはこの御恵みがあるからでしょう。信頼していた人々に裏切られ、失望したとしても、それらをも共に働かせて益として下さるのであれば、憎むなどの莫大なエネルギーを消耗する選択をするのではなく、敵を愛し、安らぐ選択をする方が賢いでしょう。(参照 マタイ5章43節~48節、マタイ11章28節~30節)
私たちを批判し、酷い事をする人々が居るのであれば、そのような人々のためにお祈りしましょう。私たちの心は満ち溢れる程に豊かになり、神様は全ての悪行をも、私たちのために良きものにして下さるのです。
神様の豊かな祝福がありますように!
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