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執筆者の写真Taro Kaji

ルカ16章16節~17節 キリストの様に歩む恵み


今朝のデボーションはルカ16章16節〜17節です。


キリストの御恵みの時代に自力により救いを得ようとするならば、御恵みの時代の前の律法の御約束を適用することになります。私たちはキリストの救いの御恵みを日々知り、体験することが大切です。私たちを通してキリストの赦しが現わされるのです。


マルコ11章25節の御言葉は、山を動かす信仰の鍵となる箇所です。なぜ、私たちが山に動くように命じても動かないのでしょうか。私たちが傷を持ち続けて、赦す選択をしていないからです。この箇所の赦すはギリシャ語でaphiémiで、許可する、苦しむなどの意味が含まれます。つまり、酷い事をされても、それに否定的に反応しないということです。私たちは酷い事が無かったかのように愛し続けるのです。


今日、キリストの赦しを通して、救いの御恵みを体験しましょう。私たちが如何に神様の喜ばれないことを日々し続け、神様に許可され、神様が私たちの姿を見て苦しまれても、反応せずに、赦しの心により見守られているのです。


神様の豊かな祝福がありますように!


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